おはようございます。
辻仲病院柏の葉・骨盤臓器脱外科医師の赤木一成です。
本日は、難敵「直腸脱」についてお話いたします。
直腸脱手術は、子宮脱手術と比べて、条件が厳しい人が多い。
子宮脱手術のスケジュールは、定型化しやすい。
子宮脱に代表される、「膣」から脱出する骨盤臓器脱(子宮脱・膀胱瘤・直腸瘤)は、入院スケジュールの定型化が容易です。
年代層で多いのは60代70代で、比較的ふくよかで栄養状態が良くって、元気のいい人が大半です。
だからほぼ全員が(99%)、大きなトラブル無く経過して、予定通りに退院していきます。
直腸脱手術のスケジュールは、定型化が難しい。
いっぽう「肛門」から脱出する骨盤臓器脱(直腸脱)は、こうはいきません。
年代層は80代90代が主体で、やせてて栄養が足りてなくって、全身状態がよくない人が多いんです。
しかも直腸は便が通るところだから、膣壁と違って、休むことができません。
さらに直腸粘膜は、血流が豊富で、膣壁よりずっと出血しやすいんです。
子宮脱手術と比べて、いろいろと条件が厳しいんですね。
だから、入院期間が長くなるケースがあるんです。
直腸脱の手術:大きく分けて、二つのやり方がある。
直腸脱の手術は大きく分けて、肛門側からの手術(経肛門手術)と、おなか側からの手術(経腹手術)があります。
いずれも長所短所があるので、直腸脱の状態とか、患者さんの全身状態とか、いろんな要素を考慮して選択しています。
ただし、この両者の手術を「日常的に」行っている病院は、全国にもほとんどありません。
■直腸脱手術の術式を決める基準①:直腸脱出の状態
↑これが、直腸脱のイラストです。
直腸が脱出しています。
表面に見えるのは、直腸粘膜です。
その奥に、筋層があります。
粘膜が筋層を覆っているということです。
重度の直腸脱は、原則として経腹手術を行う。
たとえば↑こんな風に、直腸全体が大きく脱出してくる、重度の直腸脱。
筋層が主体で「ボッコン」といった感じに脱出してきます。
こんなタイプの直腸脱は、肛門側からの手術を行うと、再発する可能性が高くなります。
経腹手術で、おなか側から直腸をひっぱりあげて、筋層をしっかり固定してあげる必要があるんです。
比較的軽度の直腸脱は、経肛門手術が有利なことが多い。
その一方で、↑粘膜がたるんで先行して「シワシワ」と脱出してくるタイプの直腸脱もあります。
たるんだ粘膜が肛門から脱出してきて、筋層がそれに続いて引っ張られて出てきます。
このタイプの直腸脱は、あまり大きく脱出してきません。
このタイプの直腸脱に経腹手術を行って、筋層だけ固定するとどうなるか。
それだとたるんだ粘膜が、また肛門から脱出してくることがあるんです。
だからこのようなタイプの直腸脱では、経肛門手術を行った方がいいんです。
肛門側から、余った粘膜を切り取って、縫いつけてあげるんですね。
直腸脱の状態を見極めて、最適な術式を選ぶ必要がある。
だから直腸脱って、脱出の状態を見極めて、最適な術式を選ぶ必要があります。
ただし実際には、
「この直腸脱は、経肛門手術じゃないと治らない」とか、
「この直腸脱は、経腹手術じゃないと治らない」みたいに、
はっきり分けられるケースばかりとは限りません。
「どっちがいいか悩ましい・・・」という直腸脱も多いんですよね。
(=「どっちでもいけそう」とも言えるわけですが)
そういう場合には、次の「全身状態」も考慮しつつ、術式を決定するんです。
■直腸脱手術の術式を決める基準②:全身状態
もう一つ、患者さんの全身状態も、術式選択基準として大事になります。
経腹手術は、「腹腔鏡」というカメラを使って行います。
この手術では、↑頭を低くして、下半身を高くした状態にします。
さらにおなかをガスで膨らませてパンパンにした状態で(気腹といいます)、手術を行います。
だからこの手術、肺や心臓が圧迫されて、負担がかかるんです。
しかも経肛門手術と比べて、手術時間も長くなります。
高齢者では、この手術を行うには、リスクが高いことがよくあるんです。
直腸脱手術:当院ではどうやって使い分けているか
以上まとめますと・・・
それほど大きく脱出しない直腸脱(粘膜脱出が先行するような直腸脱)は、全身状態にかかわらず、経肛門手術をおすすめしている。
大きく脱出する直腸脱(筋層脱出が主体)では、全身状態が良好であれば、経腹手術を行う。
(ほかにもいくつか要素があるんですが、マニアックなので省略)
悩ましいのは、「全身状態が良くない人」で、「大きく脱出する直腸脱」の場合です。
このような場合には、治療方針に悩むことになります。
(この状況、けっこうよくあるんです)
手術のリスクが高いのを承知で、経腹手術を行う。
再発リスクが高いのを承知で、経肛門手術を行う。
答えがあるわけではありません。
だから本人家族とよく相談して、治療方針を決めていくことになります。
直腸脱手術の入院スケジュールについて
条件が良くてリスクの低い人は、ほぼ予定通りに退院できる。
直腸脱手術の入院期間は、大体7~10日間になります。
これは全身状態とか、持病とか、飲んでる薬とか、お住いの場所とかで、変わってきます。
条件の良い人、たとえば比較的若くて、持病が無くて、近くに住んでいるような人では、術式に関わらずほぼ予定通りに退院できています。
条件が不利でリスクが高い人は、入院期間が延びることも多い。
いっぽう条件が悪い人では、入院期間が予定より長くなることが多いです。
相当高齢(80代90代)の方とか、
全身状態(心臓とか肺とか腎臓とか栄養状態とか)が悪いとか、
糖尿病があるとか、
抗血栓薬(血液サラサラの薬)を飲んでるとか、
遠方にお住いとか(直腸脱手術を日常的に行っている病院は少ない)
上記の要素が多くなるほど、条件が不利になります。
実際には、これらが全部そろっている人も、けっこう多いんです。
(直腸脱手術を受ける高齢者の多くは、だいたい全部そろってます・・・)
直腸脱の手術って、シビアな状況の人が多いということですね。
入院期間が長くなる原因は「便秘」と「出血」が多い。
術後に問題となるのは、便秘と出血です。
ほかにも想定外のトラブルが起こることもあります。
便秘
まず便秘について。
便を貯める場所(直腸)を切ったり縫ったりするので、術後はしばらく便通が落ち着きません。
便秘になったり下痢したり、ときには便が詰まって出なくなったりします。
だから便通が落ち着くまでは、退院しない方がいいんです。
出血
もうひとつのトラブルは出血です。
粘膜を切って縫ったところに、便が接触して、出血する可能性があるんです。
これは痔核手術の術後出血と同じです。
とくに高齢者では、抗血栓薬(血液サラサラの薬)を飲んでいて、さらに(認知症とかがあると)排便時に強くいきむ人がいるので、出血する可能性が高くなります。
その他のトラブル
他にも、全身状態が悪い高齢者では、思わぬ合併症が起こる可能性があります。
手術は上手くいっても、肺炎とか心疾患とか、そういった他部位のトラブルが起こることもあるんです。
以上、子宮脱や膀胱瘤の手術とくらべると、直腸脱手術はいろいろ難しいというお話でした。
赤木一成 辻仲病院柏の葉・骨盤臓器脱外科