子宮脱の術式に、「マンチェスター手術」という方法があります。
要は、「↑子宮頸部(脱出している子宮の先端)を切断して、残った子宮に靭帯を縫い付けて吊り上げる」という方法です。
古くから行われている、伝統ある術式です。
目次
若い人に多い「頸管延長型の子宮脱」に行われる
60代とか70代の高齢女性に見られる、一般的な子宮脱って、子宮だけが出てくるケースはまれです。
たいていの場合、膀胱もくっついて下がってくる(膀胱瘤)んですね。
でもときどき、膀胱がほとんど下がってなくて、子宮脱だけのタイプもあります。
子宮が下がってくるというより、子宮頸部が「こん棒」みたいに伸びてきて、膣の外に出てくるんです。
40代~50代くらいの、比較的若い人の子宮脱は、このタイプが多いです。
そしてマンチェスター手術って、こんなタイプの子宮脱に向いてるんです。
↑いっぽう、膀胱瘤や直腸瘤がメインの骨盤臓器脱には、このマンチェスター手術は向きません。
長所①:性交障害を生じるリスクが低い
↑通常の経腟手術では、前後膣壁に「縦方向の傷」ができます。
だからこの傷が、性交障害(性交時の痛みや違和感)の原因となるんです。
一方、↑マンチェスター手術の場合には・・・
うまく工夫してやれば、この「縦方向の傷」を作らずに治すことが可能です。
↑断面図で言えば、前後膣壁(青いところ)を手つかずで治せるわけです。
だから、性交障害を生じる可能性が低いんです。
いまのところ、これまで私が手がけた約50例のマンチェスター手術で、性交障害の苦情をいただいたことはありません(ほぼ全員が性生活のある若い方です)
長所②:メッシュ(異物)を使わずに治せる
通常、若い人の骨盤臓器脱では、↑腹腔鏡下仙骨膣固定術を選択する病院が多いんですけど・・・
この手術、体内に一生メッシュを埋め込む必要があります。
↑メッシュって、「プラスチック繊維を編み込んで作ったシート」のことです。
メッシュって「異物」ですから
将来「メッシュ露出(膣壁からメッシュが露出する)」とか、「感染(細菌が繁殖して化膿する)」などのトラブルが起こる可能性が、ゼロではありません。
また、↑メッシュをおなかの中に留置することで・・・
遠い将来、もし直腸がんや子宮頸がんが発生したとき、手術に支障をきたす可能性も無いとは言えません。
マンチェスター手術であれば、このメッシュを使わずに、治すことができます。
短所:膀胱瘤や直腸瘤が大きいケースには向かない
このマンチェスター手術、「前後膣壁に手を付けずに治せる」のが強みです。
その反面、「この部分の補強を、ガッチリ行うことができない」という弱みを伴います(↑上図の点線のところ)
だから、膀胱瘤や直腸瘤が大きいケースには向きません。
だから・・・
「膀胱瘤が大きくて、性生活を重視し、体内にメッシュを入れたくない人」
このようなケースでは、治療方針の選択に悩まされることになります。
このような場合に取りうる選択肢は、いくつかあります。
①おなかの中に一生メッシュを留置するのを承知の上で、腹腔鏡手術を行う。
(再発は少ない。性交障害リスクは最も低い)
②性交障害が生じるのを承知の上で、メッシュを使わない経腟手術を行う。
(再発は少ない。メッシュを使わなくて済む)
③膀胱瘤が再発する可能性が高いのを承知の上で、マンチェスター手術を行う。
(メッシュを使わなくて済む。性交障害リスクは低い)
④当分の間は保存的治療(体操、ペッサリー)を続けて、夫婦生活が無くなってから手術を考える。
どれも一長一短で、正解があるわけではありません。
本人と相談したうえで、どれがいいか決めていただくようにしています。
症例をきちんと選べば、再発率は低い。
このマンチェスター手術・・・
「子宮頸部延長型(=膀胱瘤直腸瘤は小さい)」タイプの子宮脱に行えば、再発する可能性は低いです。
これまでこのやり方で50人近くやって、一人に膀胱瘤の再発があって、経過観察中です。
まあ、症例をきちんと選んで行えば、「再発は少ない」と思っていいでしょう。
結論:「性生活があるけど、体内にメッシュを入れたくない」という人に最適
以下、骨盤臓器脱外来でよくある光景を描写してみます。
40代くらいの若い人で、子宮脱で悩んでいる方が、ときどき受診されます。
そして皆さんが心配されることは、いつも同じです。
「性生活を考慮する必要があるけど、おなかの中にメッシュを埋め込むのも不安」ということですね。
若い人だから、自分で情報を仕入れてきています。
- 自分は性生活を考慮する必要がある。腹腔鏡手術は膣壁に傷ができないと聞いた。
- でも腹腔鏡手術は、おなかの中にメッシュを埋め込む必要があるらしい。
- あと半世紀は生きるつもりなのに、一生おなかの中にメッシュを埋め込んで大丈夫なんだろうか?
- 将来もし直腸がんとか子宮頸がんになったら、手術が大変になるんじゃないか?
・・・こんな風に悩んでいる方に、マンチェスター手術を提案するということですね。
赤木一成 骨盤臓器脱外科